東京高等裁判所 昭和31年(う)1094号 判決
被告人 大井晋平
〔抄 録〕
次に原判決の事実誤認は、本件犯行当時被告人は飲酒酩酊のため心神耗弱の状態にあつた旨の主張を採用しなかつた一点にある旨の所論について按ずるに、刑法にいわゆる心神耗弱とは、精神の障碍に因り事理を弁別する能力又は事理を弁別するも、その弁別によつて行動する能力の著しく減退している状態をいうのであつて、人がこのような精神障碍の状態にあるかどうかは、裁判所が法律的に判断すべき事柄で、この判断の資料としては通例精神病学的、心理学的に専門家の鑑定等によるけれども、必ずしも専門家の鑑定に拘束されることなく、これを参考としつつ他の証拠によつて判断することを妨げない。いま本件記録について、これを調査するに、原審は、被告人の現在及び犯行時における精神状態、特に感情刺激に対する異状反応の有無(犯行当時の酩酊による精神異常の有無)を鑑定事項として、鑑定人林[日章]、同新海安彦、同竹山恒寿の三名をして、時を異にして、鑑定させ、また各鑑定人を公判廷において証人として供述させているほどの慎重な審理をなした上原判決記載の心神耗弱の主張に対する判断の項において説示するとおり判断したのであつて、その用意の程も窺われ、その判断の正当であることは本件記録及び証拠によりこれを認定し得るばかりでなく、当審事実調の結果、ことに当審における鑑定人懸田克躬の鑑定の結果及び証人懸田克躬の供述に徴してもこれを肯認することができるのであつて、所論のすべてを参酌するも、被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあつたものと認めることはできない。すなわち被告人が自己顕示性、気分易変性、粘着性並びに爆発性の精神病質人で異常性格者であり、本件犯行当時酒精酩酊により抑制力にかけ激情行動に出ずる精神状態であつたことはこれを認めるに憚らないが、いまだもつて、事理を弁別する能力又は事理を弁別するも、その弁別によつて行動する能力の著しく減退しているいわゆる心神粍弱をもつて論ずべき程の精神状態であつたものとはとうてい認められないので、論旨は理由がない。
(工藤 草間 渡辺好)